この前ダウンロードしているとひどく重い時があると書きましたが、 ダウンロードが失敗したまま残っている履歴などを全部消したら、 快適になりました。 でもやっぱり微妙に重い気もしますが。
どうしてダウンロード履歴が多くなると、あそこまで重くなるんでしょう? 体感的にはO(n log n)ぐらいで重くなっている気がするんですけど... いや、もしかしたらO(n^2)かも。 私には直感的にアルゴリズムがまずいんじゃないかと感じられます。
しかしスピードに関するパファーマンスで比べちゃったら、 Mozilla FirefoxはMozillaより微妙にはましかもしれませんけど、 Konquerorには全く及ばないですね。 Konquerorのレンダリング性能は驚くべきものです。 ただKonquerorの問題は互換性と多言語処理なんだなあ。
私は通常「フリーソフトウェアを開発する動機なんて考えても開発は進まないから考えてもしょーがない」と思っていて、 あんまりこういうことを考えたり議論することもありません。 が、酒飲んだりするときはどうせ開発もしないんだから話すことがあるわけです。
それでこの前フランス人とシャンパーニュをごくごく呑みながら話していたんですが、 フリーソフトウェアはどれだけのユーザに使われるかが重要であると言うんですね。 それでそういう考え方がフランスでは主流であると。
どうやって調べたのか疑問なので本当に主流なのかどうかは分かりませんが、 一応彼の主張が正しいとして、 それにはフランス人の哲学と関係があると分析してました。 フランス人は人民が自由を獲得することを求めるからだと言うのです。 フリーソフトウェア(フランス語ではLogiciel Libre)はユーザが自由を得るための手段であり、 実際に使われなければ意味が無いと。
確かに歴史を振り返れば納得の行く考えだと思うし、 社会的自由の追求がフリーソフトウェア開発の根底に流れているという説は興味深いと感じます。 広まることこそ重要だと考えて開発に勤しんでいる人は日本でもそれなりに多いとは思いますが、 とりわけ自由であるためにフリーソフトウェアを選択するというユーザの存在を考慮すると、 日本とフランスの違いは歴然としてしまいます、 少なくとも私にはそう感じられます。 そして、結局これで現在の日本とヨーロッパの多くの国々におけるフリーソフトウェア・ビジネスの状況を説明できるのではないでしょうか。
もちろんみんながそうであるとは言いませんが、 フランスでフリーソフトウェアをビジネスにしている人はビジネスを利用して自由を与えるという動機が強く、 日本ではあくまでビジネス上のあり得るオプションとしてフリーソフトウェアを活用すると言うか、ニッチ(と言うほど狭くないかもしれないけど)としてのフリーソフトウェア市場という見方をしているように感じます。 このことは多分ユーザ(顧客)の哲学と関連しているのでしょう。 関連してなかったらビジネスとして成り立たないはずですから。
まだどの国でも依然としてプロプライエタリなソフトウェア(gniibeさんの言うところの不自由ソフトウェア)が市場の大部分を占めていると思いますが、 それでもヨーロッパの方が日本よりもフリーソフトウェアの導入が進んでいます(特に政府ではなく企業を見た場合)。 もし国民性に起因してこういう状態になっているんだとしたら、 日本でフリーソフトウェアを十分に広めるにはまだまだ時間がかかるんでしょうねえ。
いい加減準備せなあかんなあと思いつつ、 怠くてだらだら。
よく見ると、やっぱりときどきApacheの子プロセスがSegmentation faultでくたばっていることに気づきました。 mod_ruby、やはりおかしいのかなあ? restartすると直ったりするし。 うーむ、どうしたものか。 さすがに今回は慎重に調べてから報告することにします。
「Konquerorの問題は互換性と多言語処理」と書かれていらっしゃいますが、具体的に言うとどういう問題ですか?直そうと思うので教えて頂きたいです。
昔ブラウザの多言語処理について調査したことがあります。Konqueror 3.1.3 (KDE 3.1.4を使用)では文字参照の(1)腊=月+昔」は出ますが(2)「馤=香+曷」が出ませんでした。バージョンによりますが、Opera、OmniWeb、Mozilla、Caminoなどでは両方とも表示できています。IEでは両方ともだめ、または(1)のみです。