2008-01-02

_ GNU十周年

とうとう年始になってしまった。 私にとっては年度の変わり目は7月1日(フランスに到着した日)なので、 大した意味はないんだが、 実は別の意味で記念すべき年になったかもしれない。 GNU に積極的に関わるようになってから、とうとう十年経ってしまったのだ。 そこで、少しばかり振り返ってみたいと思う。

自分がもともとGNUに関わるようになったのは、 自由とかより技術的な側面が非常に強かった。 Hurd の開発に参加したときの話はどっかに書いたことがある気がするので、 あえてもう一度繰り返すことはしないけれど、 そこでGNUプロジェクトに着目したのは主に二つの理由があったように思う。

一つは、実際にすごく恩恵に与っていたからこそ知っていたこと。 GNUのツールは GNU EmacsGCC もそうだが、 全般的にSunOSの標準ツールより、ずっと強力で使いやすかった。 こんなものが作れるぐらいの才能がある連中と一緒にやれたら楽しいだろうなあと思ったものだ。 事実、自分なんかよりずっと頭もいいし、活力にもあふれるハッカーに出会うことができて、学ぶところはとても多かったし、 とにかく面白かった。

もう一つは、やっぱりせっかくこんなものを自由に使わせてくれるんだから、自分も多少は恩返しができたらいいなと感じたこと。 当時の自分がどれだけのことができたかというと、 本当に大したことはなかったと思う。 しかし、少なくとも当時の自分は勢いだけはあったから、 コミュニティの活性化、みたいな意味では役に立ったこともあったと思いたい。 もちろん、もうちょっとマシになってからは、少なからず役に立ったと信じたいが...

GNUのいいところは、技術的にいって、とにかくレベルの高い連中が多いことだ。 精神的障壁があるのか、人がそれなりに精選されているように感じる。 確かに人間的には少々やりにくい相手もいるが(自分も含めて)、 それでも中身を伴っているのがいい。 ただぶつぶつ言うのではなく、不満を解消するための開発もやってしまうような人達ばかりだから、すごく建設的なのだ。

ところで、私は自分ではいろいろやっているつもりなので、 GRUBの人と呼ばれるのはあんまり好きじゃない。 しかし、 GRUB から得たものは非常に価値があるとも思っている。

例えば、私がでかい口を叩いても、寛容に聞いて(聞き流して)もらえるのは、GRUBに負うところが大きいのだと思う。 正直にいって、これぐらいのものが作れる人は世の中にはいっぱいいるような気がするのだが、経験だけは実際に作った人にしかないわけだ。

ものすごーく単純な計算をすると、 多分世界のコンピュータ人口は何億ってところだろう。 Linux のシェアは、統計をとっている企業によって言うことが全然違うので、よくはわからないが、1%から2%程度だろう。 そうすると、Linuxの人口は何百万ってところ。 現在はGRUBがデフォルトのディストリビューションが多いので、 数百万程度はGRUBの人口がいることになる。 だから、私はよく「GRUBのユーザ数は?」ときかれて、 「厳密に計る手段がないので何とも言えないが、推計数百万」と答えている。

ここまで広めた原動力は大部分私だったと自負しているが、 この数はあんまり重要ではない。 さらにいい加減な計算を繰り返すと、 大体全体の1%ぐらいの人はマニアックな使い方をする。 フリーソフトウェア(だけじゃないかも)の開発では、 もっとも重要なのはこの層のユーザなのだ。 なぜなら、この中から、こんな面白いソフトウェアがあったと宣伝してくれる人とか、どっかのOSに含めるための作業とか、そういうことをやってくれる人が現れるからだ。 それ以外の人は、基本的に追随しているにすぎないと思う。 GRUBだと、数万人ぐらいってことになる。 これぐらいの数に対応するのは簡単じゃあない。

もっと細かい内訳をすると、 一割ぐらいが積極的にアウトプットする人になる。 数千人。 記事を書くとか、バグ出しに協力するとか。

さらに、一割ぐらいがコードを書くぐらいに熱中する。 これで数百人。

さらに、残りの一割ぐらいがアクティブな開発者になる。 これで数十人。 現在のコミッタが18人で、顔を見せなくなった人を除いたりもしてしまっているから、通算だと大体勘定があう。 どんぶり勘定でも案外こういうのはあうものである。

どっかの誰かが言っていたが、ユーザ数が集まれば必ず金にできるんだとか。 昨今の無料ウェブサービスはほとんどがそういうノリだと感じるのだが、 それは全くの嘘。 だって、GRUBでそんなに儲ける方法なんて何もないもん。 むしろ出費の方が多くて、赤字だといえるだろう。 「お前のおつむが足りないから、方法を思いつけないだけだ」と言われるかもしれないが、diggやredditほどに人が集まっても、結局収益モデルを思いつけなくて、他の企業によくわからん甘言で身売りしているのを見ると(diggはまだなんだったっけ)、誰も大した発想はないようだ。 唯一うまくいったのは、googleの広告モデルだと思うのだが、 googleと同じことをやって対抗できるとは思えないしね。 身売りも金儲けの手段と言われれば、それもそうなのかもしれないが、 それ自体ではやっぱり儲かってないじゃん。

しかしながら、金がすべてじゃない。 実際、GRUBのこの経験は、金を払ってもそうそう手に入ることではないと思う。 マニアだけが知っているツールから、世界中に広まっていくという過程を体験し、それにあわせて、たくさんの人と共同作業をして、さらに、仕切り直し(= GRUB 2)をして開発者離れが心配だったけど、実際には新たな開発者達に興味をもってもらうことができ、次第に普及のきざしを見せつつある... こういう体験をこの先もう一度でもやれるかどうかは怪しいところだ(ERP5でもう一回やれたらいいとは思っているけどね)。 そこから得たものは、技術はもちろん、プロジェクト運営や法律関係から、新しい友人との出会いにいたるまで、本当に数え切れないぐらい。

来年は、このままいけば、GRUBの開発で(私にとって)十周年ということになる。 果してその十周年で何が達成できるのか、 まだよくはわかってないが、 きっとさらに多くのことを学べると期待している。

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